売場づくりにおける多能工人材戦略とは

今日は、以前書いた未公開論文を披露します。
文体が論文調ですが、ぜひお読みください。

星のやに見る多能工型人材

多能工とは、早い話、歌って踊れる人材ということだ。
ひとつの役割だけでなく、二つ以上の役割を担う人材のことである。
この言葉を使っているのは(株)星野リゾートが有名で、星のやの人材育成イコール多能工型人材育成となっている。

従来の旅館業は、中居、料理人、掃除人、売店販売員など仕事によって人材も分けられていたが、非効率だった。
各人が専業だと稼働時間がそれぞれ違い、暇な時間ができてしまう。
時間が空いた人は、忙しい部門の仕事を手伝うことで、人材の時間効率がよくなり、作業もスムーズにいく。
しかも人的コストが浮く。
これが多能工の考え方だ。

私は毎年星のや軽井沢に泊まっているが、確かにそうだ。
中居が部屋に案内したと思ったら、夕食を持ってきたのは違う人だった。
ところが次の日にタクシーで近くのレストランまで送ってくれたのは、中居だった人だ。

星のやは確かに一人三役以上をこなしている。
星のやは、多能工制を取り入れて、時間を効率的に管理している。その中居らしき人は、毎日の私たちのスケジュールを詳しく私に訊く。いつ、部屋を留守にして、いつごろ戻るのか、夕食は何時ころかなど・・・。
このわけは、時間別人材配置をスケジュール化している表れである。
なるほどと思った。

さて、私の専門はVMD(ビジュアルマーチャンダイジング)なので、今回は売場づくりの人材について話したい。
VMDとは、アメリカから来た売場づくりのノウハウのことだ。
VMDをプランしたり実施したりする人のことをビジュアルマーチャンダイザーという。
アパレルブランドに必要な専門職だが、最近は、雑貨店はもとより、惣菜店舗やカーディーラーなどVMDを担当する人は多くなってきている。

昔のビジュアル・マーチャンダイジング

もともと、日本のビジュアルマーチャンダイジングの仕事は、ディスプレイ制作業務が多かった。
VMDは1970年代に日本に入ってきて1980年に広まっていったのだが、これがデパート全盛の時代に合致する。
つまり、デパートのウインドウの演出の仕方にVMDの手法が生かされてきたわけであり、VMD担当はウインドウのディスプレイを作ったり、ショーケースの商品インスタレーションが主な業務だった。

ところがGAPやZARAなどのファストファッションが日本中に拡散していった1990年代、VMDはウインドウだけにとどまらず、店内のすべてのディスプレイ演出を行うスキルにグレードアップした。
ファストファッション各社は、社員が店内すべてのディスプレイ制作・管理を担うようになっていた。
店舗のVMDスペシャリストとして、本部の発信した売場づくりのガイドラインに従い、それを店内で実行するという職種が社内に出来上がった。
これが店舗VMDという担当者である。
(本部にいてガイドラインを作る係は本部VMDという)

もうひとつは、ウインドウ重視の時代は去り、ラックやパイプハンガー、テーブルやキャビネットなどのシステム什器を使った売場面積の効率化と、商品の展開と個性的な陳列方法によるブランドの世界観演出が重視され、ウインドウは売場構成の一部になった。
ウインドウで人を引き寄せるというよりも、店舗全体で人を引き寄せるトータルディスプレイ戦略が、ウインドウ需要を降下させたのである。
また、買い物の主軸が百貨店からショッピングモールに移ったため、ほとんどの店はそもそもウインドウがない。
雨が降っても大丈夫な全天候型フロアのテナントだからだ。

社内人材をVMD担当に仕立て上げる

そんなわけで、VMDの担い手はディスプレイをつくる専門職から一般社員に移ってきた。
いまや美大卒でも服飾専門学校卒でもない、普通のOLがアパレルメーカーに入社して、見よう見まねでVMD担当になっているのだ。
先輩社員の教える売場づくりのスキルを吸収して一人前になっていくのだが、手っ取り早く、VMD学校に行くケースも目立つ。
実際のところ、当社はVMD学校「売場塾」を開催しているのだが、多くのアパレルメーカーの指定校になっていて、毎年新人OLが当校の門をたたく。

もともとメーカーでも小売店でも、何かのノウハウの伝承というものは先輩社員が担ってきた。
営業、接客、企画、提案、そして売場づくり・・・と、会社のノウハウはベテラン社員が持っていて、それを新人に教えていくという流れだった。
ところが、終身雇用制の崩れた今、データ化、マニュアル化が進み、いつ何時誰が辞めても後任に支障がないような仕組みが社内に出来上がった。
そこで売場づくりのナレッジ化が各企業で推進され、VMDのガイドラインづくりが定型化した。
VMDの集合教育・現場教育は、ガイドラインを更新して教えるための役目をしている。

今やディスプレイだけ美しくしてもモノは売れないことは、昨今の百貨店から見て取れるだろう。
ディスプレイに加えて、ショップデザイン、品ぞろえ、店頭販促までも含めて日々調整し、ガイドライン化するのがVMD担当の役目になった。
VMD担当の多能工時代の始まりなのである

多能工型のVMD

日本のメーカーや小売店のVMD担当は多能工だ。
大抵のVMD担当は起業の販促部にいてVMDを兼業としている。
日々、販促活動をやりながら、VMDの仕事をこなしている。
企業の販促活動というのは、主に下記から成り立っている。

  • 新商品の年間販促・広告プランニングと実施
  • 新商品の展示会の企画立案、実施
  • 百貨店やGMSなど商業施設内店舗の営業支援

これに加えて、前述の集合教育・現場教育・ガイドラインの更新業務が加わる。
この3つを販促の立場から解釈するとエデュケーショナル販促ということになろう。

エデュケーションナル販促とは、売場づくりを教育すること自体をメーカーの販売促進にするということである。
どういうことかというと、メーカーのVMD担当が、お得意先である百貨店やGMS、専門店に対して売場づくりの研修を行うということである。
過去にいろいろなエデュケーションナル販促を事例として掲げてきたが、もう一度ひも解くと下記のようになる。

  • 家電メーカーのVMD担当はGMSや時計専門店などのチェーン店に時計の売場づくりを教えている。
  • スポーツ用品メーカーのVMD担当は、スポーツ用品専門店にお店づくりを教えている。
  • 学生服メーカーのVMD担当は、学生服専門店に対してお店づくりを教えている。

いずれも自社商品の売場づくりを兼ねて行う。

そうして、メーカーは店内の売場の拡大を図ることができるのだ。

VMDの教育を行う人のことをVMDインストラクターという。
VMDインストラクターは独立したフリーランスの人だけでなく、メーカーや小売店の社員に多い。
メーカーや小売店の社内先生をつくることにより、自社のガイドラインをもとにテキストが作れる。
または日々の売場改善報告書からケーススタディを作って、それを蓄積しガイドラインとして後輩に教えることができるのである。
このように、ここ15年の間で、VMD担当は販促やディスプレイ業務だけでなく、教育者としての業務もこなす多能工となってきたのである。

ますます増えていく多能工

多能工が増えていく原因に、IT化がある。
VMDを空間のデザインと捉えると、ITの進化で、平面と立体のデザインが取り崩されてきている。
平面はPOPやサイン、立体は床・壁・天井デザインであるが、POPが壁に組み込まれて壁紙になったり、床がPOPになったりしている。
POPデザイナーは立体デザインもやらないと自己を伸長することができなくなってきている。

事務職や管理作業がコンピュータで誰でもできるようになった今、事務職、管理職という人種もそれほどいらなくなっているに違いない。
だから、事務もできて営業もこなす人材がこれからは重宝されていくかもしれない。
会社は、社内人材を器用な人材に養成していく時代なのである。

当社もそんな歌って踊れるVMDの人材を育成することをサービスとしてやっていきたいと思っている。
今後の売場塾に期待してほしい。

(VMDコンサルタント 深沢泰秀)